県名と県庁所在地が違う理由は?全19一覧と戊辰戦争の真相を徹底解説
小学校の社会科テストや中学受験の地理分野において、多くの学習者やつまずきやすいポイントとして立ちはだかるのが「県名と県庁所在地の不一致」です。神奈川県横浜市や愛知県名古屋市のように、県内で最も知名度が高い大都市がそのまま県名になっていないケースは少なくありません。大人になっても「なぜ岩手県は盛岡市なのか」「なぜ三重県は津市なのか」と疑問に感じる場面は多いはずです。
この不一致の背景には、明治初期の廃藩置県に伴う大規模な行政区画の再編や、明治政府による明確な命名基準、さらには地域対立を収拾するための苦肉の策など、激動の近現代史が深く刻まれています。本稿では、県名と県庁所在地が異なる全19都道府県の完全データを整理し、ネット上で根強く語られる「戊辰戦争の懲罰説」の歴史的真相から、テストで確実に得点源にするための実践的な覚え方まで、徹底的に解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:県名と県庁所在地が異なる自治体は全都道府県で19(純粋な県では16〜17県)存在し、その多くは明治初期の「郡名採用ルール」に起因する。
- 要点2:「幕府側への懲罰で県名を変えられた」という戊辰戦争懲罰説は歴史公文書の研究によって否定された俗説であり、実際は官軍側でも不一致の県が多数存在する。
- 要点3:暗記に頼るのではなく「開港場の歴史(神奈川)」「神話由来の中立的命名(愛媛)」など背景ドラマと紐づける学習法が中学受験・テスト対策で最も効果的である。
【全19一覧】県名と県庁所在地が違う都道府県データと分類
日本全国の47都道府県のうち、自治体名と県庁所在地の都市名(東京都の場合は都庁所在地)が一致しないものは合計19自治体存在します。まずはその全容と、なぜそのような名称になったのかという基本区分を客観的データで確認します。
| 都道府県名 | 県庁所在地(都市名) | 不一致の主な要因・歴史的由来 | テスト出題頻度・難易度 |
|---|---|---|---|
| 北海道 | 札幌市 | 広域自治体(道)のため例外。開拓使が札幌本府を設置 | 基本レベル(必須) |
| 岩手県 | 盛岡市 | 盛岡城下町が属していた「岩手郡」を採用 | 高頻度(定番) |
| 宮城県 | 仙台市 | 仙台城下町が属していた「宮城郡」を採用 | 高頻度(定番) |
| 茨城県 | 水戸市 | 水戸藩領内の「茨城郡」を採用(当初は石岡に県庁予定) | 高頻度(定番) |
| 栃木県 | 宇都宮市 | 旧栃木町(栃木市)から宇都宮へ県庁移転後も県名継承 | 最重要(頻出) |
| 群馬県 | 前橋市 | 高崎と前橋の誘致争い、群馬郡の名称を採用 | 高頻度(定番) |
| 埼玉県 | さいたま市 | 旧浦和市から合併。漢字とひらがなの表記不一致 | 表記トラップ注意 |
| 東京都 | 新宿区(東京) | 都庁所在地表記。学校教育上は「東京」とする場合あり | 要注意表記 |
| 神奈川県 | 横浜市 | 開港場である神奈川奉行所・神奈川宿に由来 | 最重要(頻出) |
| 石川県 | 金沢市 | 金沢が属していた「石川郡」(美川町に一時県庁)に由来 | 高頻度(定番) |
| 山梨県 | 甲府市 | 甲府が属していた「山梨郡」に由来 | 高頻度(定番) |
| 愛知県 | 名古屋市 | 名古屋城下町が属していた「愛知郡」に由来 | 最重要(頻出) |
| 三重県 | 津市 | 当初県庁を置いた「三重郡四日市」から安濃津へ移転 | 最重要(頻出) |
| 滋賀県 | 大津市 | 大津が属していた「滋賀郡」に由来 | 高頻度(定番) |
| 兵庫県 | 神戸市 | 幕末の開港地・兵庫津(兵庫城跡の県庁)に由来 | 最重要(頻出) |
| 島根県 | 松江市 | 松江城下町が属していた「島根郡」に由来 | 高頻度(定番) |
| 香川県 | 高松市 | 高松が属していた「香川郡」に由来 | 高頻度(定番) |
| 愛媛県 | 松山市 | 古事記の神名「愛比売(えひめ)」から中立的に命名 | 最重要(頻出) |
| 沖縄県 | 那覇市 | 琉球処分時に地域全体の名称を採用、首里ではなく商業地の那覇へ | 最重要(頻出) |
このうち、小学校の教科書や一般的な学習参考書で「県名と県庁所在地が異なる県」として扱われる中核は、都・道を除き、表記のみの違いである埼玉県を含めるかどうかで「16県」または「17県」と整理されます。

なぜ県名と市名が異なるのか?明治の廃藩置県と「郡名ルール」の真実
県名と県庁所在地の不一致が生じた根本的な理由は、1871年(明治4年)に行われた廃藩置県とその後の統廃合プロセスにあります。江戸時代が終わり、全国に約300存在した「藩」が一斉に「県」へと置き換えられた際、明治政府は段階的に県の合併を進めました。
その際、明治政府(太政官)が定めた基本方針が「県庁が置かれた都市名ではなく、その都市が所在する広域の『郡名』を県名にする」という命名原則でした。
当時の都市構造を見ると、現代のように「市」という自治体区分は存在せず、城下町は伝統的な「郡」の内部に位置していました。例えば、以下のような構図です。
- 愛知県:名古屋城下町が存在したのは「愛知郡」
- 宮城県:仙台城下町が存在したのは「宮城郡」
- 石川県:金沢城下町が存在したのは「石川郡」
- 岩手県:盛岡城下町が存在したのは「岩手郡」
- 滋賀県:大津宿が存在したのは「滋賀郡」
明治政府は、江戸時代の武家統治の象徴であった旧城下町(藩庁)の威光を薄め、新時代の近代行政単位を国民に浸透させるため、都市単体の名称ではなく、周辺の農村部を含む母体となった「郡の名前」を優先的に採用しました。この事務的・制度的なルールこそが、現在に至る不一致の最大の要因です。
【歴史検証】「戊辰戦争の懲罰説」は本当か?ネットの俗説と公文書の記録
インターネット上の掲示板やSNS、あるいは一部の雑学本などで頻繁に見かける言説に「戊辰戦争で旧幕府側(賊軍)についた藩は、明治政府への反逆の見せしめとして城下町名を奪われ、県名と県庁所在地を変えられた」という、いわゆる「戊辰戦争懲罰説」があります。
この説では、官軍側(薩長土肥など)についた鹿児島県、山口県、高知県、佐賀県はそのまま県名と市名が一致しているのに対し、旧幕府側についた盛岡藩(岩手県)や仙台藩(宮城県)、会津藩(福島県)などは改名されたと説明されることが一般的です。
公文書研究が暴いた「懲罰説」の誤謬
しかし、近年の歴史学界や公文書館の史料研究において、懲罰説は歴史的事実ではないことが明確に証明されています。この俗説が成立しない決定的な理由は、以下の客観的事実にあります。
第1に、明治新政府側の中核であった「官軍側の藩」でも県名と市名が不一致のケースが複数ある点です。代表例が尾張徳川家として新政府を強固に支えた名古屋藩(愛知県)や、伊勢の藤堂家として官軍に味方した津藩(三重県)です。彼らは明治政府から論功行賞を受ける立場にありながら、県名は郡名に改称されています。
第2に、旧幕府側についた藩であっても県名と市名が一致しているケースが存在する点です。戊辰戦争で最後まで抵抗した庄内藩(鶴岡)を擁した山形県山形市や、幕府側として戦った福島県福島市、新潟県新潟市などは、最終的に城下町・主要都市の名前が県名として残っています。
この「懲罰説」は、昭和期に作家の司馬遼太郎氏が随筆などで触れた文学的な解釈が、メディアを通じて都市伝説的に定着・拡散したものと位置づけられています。内務省や太政官の公文書を精査すると、改名の主たる意図は政治的報復ではなく、旧藩閥の権威解体、複数の藩が合併した際の中立性の確保、地域間の融和という極めて実務的な行政判断であったことが判明しています。

個別事例で紐解くドラマ|横浜・松山・津の改称に秘められた背景
郡名ルール以外にも、個別の歴史的事情や地域住民の利害対立を収拾するために県名と市名が分かれたケースがあります。代表的な3つの事例を深掘りします。
1. 神奈川県横浜市:開港場を巡る幕末外交の駆け引き
神奈川県の本庁所在地は日本第2位の人口を誇る横浜市ですが、県名は「神奈川」です。この発端は幕末の日米修好通商条約に遡ります。
条約では開港場を東海道の宿場町「神奈川」と指定していましたが、外国人殺傷事件などを恐れた江戸幕府は、東海道の本線から離れた寒村であった「横浜村」に突貫工事で開港場を造成しました。諸外国からは「条約違反だ」と激しい抗議を受けましたが、幕府は「横浜も神奈川の一部である」と言い張り、ここに神奈川奉行所を設置しました。明治維新後もその管轄組織が「神奈川府」から「神奈川県」へと改称され、県庁自体は発展著しい横浜に置かれながらも、外交史上の名称である神奈川がそのまま残されることになりました。
2. 愛媛県松山市:激しい地域対立を収めた「国生み神話」の妙手
四国最大の都市である松山市を県庁所在地とする愛媛県は、全国で唯一神話に登場する女神の名前を県名に冠しています。
明治初期、愛媛エリアは松山を中心とする「松山県」と、今治や宇和島を中心とする「石鉄県(いしづちけん)」に分かれて統廃合が進められました。しかし、松山と今治・宇和島の間で激しい主導権争いが勃発。合併後の県名に「松山」を採用すると旧石鉄県側の反発が必至であったため、明治政府は古事記の国生み神話において伊予国に付けられた神名『愛比売(えひめ=愛らしい女性)』を採用しました。特定地域の都市名を避け、歴史的古典から中立的な名称を引くことで地域対立を沈静化させた巧みな事例です。
3. 三重県津市:庁舎移転と県名存置のねじれ現象
三重県の県庁所在地である津市は、日本で最も短い名前の市として知られますが、県名との食い違いには県庁移転の経緯が関わっています。
1871年の廃藩置県直後、伊勢国北部に置かれた県庁は「三重郡四日市町」に設置され、これが「三重県」の由来となりました。一方、伊勢国南部には安濃津を県庁とする「度会県(わたらいけん)」が存在していました。その後、南北が合邦して現在の県域が成立した際、県庁は地理的中心である津(安濃津)へと移転されました。しかし、県名そのものは旧四日市側の「三重県」がそのまま存続されたため、県庁所在地の「津」と県名の「三重」というねじれが生じたのです。
【実態検証】教育現場と中学受験で見える「不一致問題」の壁
教育現場や教育系コミュニティ、大手進学塾の報告によると、小学校4年生の社会科(都道府県の学習)や中学受験の入試演習において、「県名と県庁所在地の不一致」による誤答率は毎年上位を占めることが確認されています。
実際の受験生や保護者の声、模試の採点データから見えてくる主なつまずきパターンは以下の3つに集約されます。
- 同一視トラップ:「愛知県=愛知市」「石川県=石川市」と無意識に思い込んでしまう間違い。
- 逆転トラップ:県名と県庁所在地を取り違え、「盛岡県岩手市」「水戸県茨城市」と解答してしまうミス。
- 県庁所在地移動トラップ:栃木県を「栃木市」、群馬県を「高崎市」と書いてしまう、歴史的・商業的に有名な近隣都市との混同。
特に栃木県栃木市は実在する自治体であるため、宇都宮市と混同する受験生が後を絶ちません。中学入試の社会科では、単に名称を書かせるだけでなく「県庁所在地の雨温図」や「特産品の輸出額」と組み合わせた複合問題が出題されるため、不一致グループの正確な把握は合否を分ける重要ファクターとなっています。
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【受験・テスト対策】中学受験のプロが教える効率的な暗記法とゴロ合わせ
県名と県庁所在地が異なる自治体を攻略するためには、47都道府県を闇雲に覚えるのではなく、「違うものだけをグループ化して集中的に覚える」手法が鉄則です。効果的な語呂合わせと整理術を紹介します。
1. エリア別で覚える鉄板ゴロ合わせ
東日本と西日本に分けてリズムで覚えることで、短期記憶を長期記憶へと定着させることができます。
【東日本編のゴロ合わせ】
「いわもり、みやせん、いばみと、とちうつ、ぐんまえ、かなよこ」
(岩手=盛岡、宮城=仙台、茨城=水戸、栃木=宇都宮、群馬=前橋、神奈川=横浜)
【中部・近畿編のゴロ合わせ】
「やまこう、いしかな、あいなご、みえつ、しがおお、ひょうこう」
(山梨=甲府、石川=金沢、愛知=名古屋、三重=津、滋賀=大津、兵庫=神戸)
【西日本編のゴロ合わせ】
「しままつ、かがたか、えひまつ、おきなわなは」
(島根=松江、香川=高松、愛媛=松山、沖縄=那覇)
2. 間違いやすい「松」コンビの識別法
入試で最も混同しやすいのが、島根県の松江市と愛媛県の松山市です。ここを取り違えないための記憶アンカーとして、以下の対比が推奨されます。
- 島根県・松江市:「シマネのエと、松江のエ」で音をリンクさせる。または「宍道湖の江(え=水辺)があるのが松江」。
- 愛媛県・松山市:「みかんの山、松山」「坂の上の雲の舞台・松山城(山)」。
【プロの結論】丸暗記を脱却し「歴史・地理的文脈」で学ぶ判断基準
教育学および認知心理学の観点から、知識の定着度を高めるための学習方針を提示します。
▼背景理解型学習に向いている人(推奨アプローチ)
中学受験を控える小学生や、大人の教養として学び直したい読者は、「なぜその名前になったのか」という歴史的文脈(開港場、郡名採用、神話など)をセットでインプットすることを強く推奨します。背景ストーリーがフックとなり、単なる記号の暗記ではなく忘れない一生モノの知識として構造化されます。
▼丸暗記を避けるべきケース(注意が必要なアプローチ)
試験直前の詰め込み作業として、文字のリストだけを機械的に反復することはおすすめできません。緊張感の高い試験本番において「盛岡県」「水戸県」といった逆転ミスを引き起こす最大原因となります。必ず白地図に「県名」と「県庁所在地の位置・都市名」を両方書き込む視覚的・空間的なアウトプット演習を行ってください。
【県名と県庁所在地が違う理由】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:なぜ埼玉県は県名と県庁所在地が「さいたま市」で平仮名になっているのですか?
A1:2001年(平成13年)に旧浦和市・大宮市・与野市の3市が合併して誕生した際、新市名を公募した結果、親しみやすさや中立性を考慮して平仮名の「さいたま市」が採用されたためです。それ以前の県庁所在地は「浦和市」であり、完全に県名と市名が異なっていました。現在のテスト等では「漢字表記と平仮名表記の違い」として扱われます。
Q2:東京都の都庁所在地は「東京」ですか?それとも「新宿」ですか?
A2:国の公定表記や学校教育の地図帳では、都庁所在地を「東京」と表記するのが一般的です。ただし、地方自治法上の都庁本庁舎の所在地は「新宿区」(西新宿)にあります。小学校のテストでは「東京」と書かせる指示が多いですが、中学・高校入試や公務員試験等では設問の指定(特別区名を問うなど)に注意が必要です。
Q3:県名と県庁所在地を同じ名前に統一する改名運動は起きなかったのですか?
A3:明治期から大正期にかけて、商業的利便性や地域の一体感を求めて「名古屋県への改称運動」や「金沢県への復名運動」などが地元で議論された例は存在します。しかし、公文書の書き換えや看板、登記簿の変更などにかかる莫大な行政コストと、郡部(農村部)からの強い反対により、いずれも実現せず現在の名称で定着しました。
まとめ:歴史の背景を知れば都道府県テストは最強の得点源になる
県名と県庁所在地の不一致は、単なる暗記泣かせのトラップではなく、明治維新に伴う近代国家建設の苦闘と、地域のアイデンティティを守ろうとした先人たちの歴史ドラマの結晶です。
明治政府が導入した「郡名ルール」や、地域対立を収拾するための苦肉の命名、開港場を巡る外交史など、不一致の裏にある明確な理由を理解すれば、19の自治体名は驚くほど自然に頭へと定着します。暗記への苦手意識を捨て、歴史の背景と紐づけた立体的なアプローチで、確実な知識を身につけてください。 (出典: 県 名 県庁 所在地 違う(Yahoo!ニュース))